福山大学孔子学院開学記念で中国書家が講義
福山大学(福山市東村町)と中国政府が共同で4月4日に福山大学孔子学院をオープンした記念に「書道で始める中国文化入門講座」が同月25、26の両日、市内のホテルで開かれ、書道愛好者ら約110人が日本文化にも造詣が深い中国の書家、張信上海師範大学美術学院准教授から漢字の形が持つ意味など書の源流や日中の違いなど書道文化を学んだ。
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好評・やまねみわこさんのCD「おのみちこみち」
尾道を題材に尾道出身のやまねみわこさん(24、東京都在住)が作詞作曲、自ら歌ったCDアルバム「おのみちこみち」(@RECORDS発売)が尾道中央商店街のBGMで流れるなど話題になっている。
やまねさんは丸美運輸の山根司社長の三女。尾道北高を経て日本大学芸術学部音楽学科を平成十八年春に卒業、作曲家を目指しながら東京のIT関連企業で働いている。
作曲家志望ながらファーストアルバムでは作詞、作曲に加え、歌まで担当。澄んだ声と高い歌唱力で心地好い作品に仕上げている。
「おのみちこみち」、「SHIMANAMI ROAD」など全10曲を収録。
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福山藩水野家の夢と重なる姫谷焼展覧会
福山市西町の広島県立歴史博物館で幻の焼き物「姫谷焼」を紹介する展覧会「姫谷焼―備後に花開いた初期色絵磁器―」が6月8日までの会期で始まった。
姫谷焼は十七世紀後半の一時期に福山市加茂町百谷で製作された色絵磁器。当時、高度な生産技術を必要とした色絵磁器を製作していたのは有田焼、伊万里焼で知られる肥前窯(佐賀県・長崎県)、九谷窯(石川県)と姫谷窯の三カ所のみ。姫谷焼は日本の焼き物文化を研究する上で重要な位置にある。
展覧会は「備後の宝である姫谷焼を知ってもらいたい」との思いを持つ福山ロータリークラブ(平地茂雄会長)との共催で実現した。
■姫谷焼の窯跡
福山市加茂町百谷に姫谷焼の窯跡が見つかっており、昭和10年の試掘調査後、12年に県史跡に指定された。江戸時代初期の1660~80年ごろの20年間のみ生産したとされ、色絵磁器のほか白磁や青磁、染付の破片も見つかっている。
形態では皿のほか瓶や茶道具の破片も見つかったが、庶民的な生活雑器はほとんどなく、当時、同地域を所領とした福山藩(藩主水野家)の藩窯的な性格が想像されるものの、福山藩との関係を裏付ける記録などは確認できていない。唯一、江戸時代後期になって現在の福山市駅家町の庄屋だった馬屋原重帯によって編纂された地誌「西備名区」に水野勝成が中国地方を放浪中に焼き物を製作し、これが姫谷焼として伝えられることになったという説話が記されているが、時代や出来事に錯誤が認められることから説話の内容を信じるには至っていない。
■姫谷焼ロマン
姫谷焼の企画を担当した県立歴史博物館の鈴木康之主任学芸員によれば、姫谷焼は「いつ、だれが、何のために製作したのか、その実体は明らかでない点が多く、伝世品のすばらしさからロマンが広がる」とのこと。ここから先は一観覧者として弊紙でロマンを広げてみた。
姫谷焼の製作された1660~80年はほぼ福山藩第四代藩主水野勝種の時代。勝種は1663~1697年の間藩主だった。姫谷焼が1660年代に始まったとすれば、ピタリと当たる。しかし勝種が藩主になったのは2歳のころ。高度な技術を要した窯の生産開始には相応の準備期間が必要だったはずで、第3代の勝貞(1655~1662年藩主)が準備期間を担ったと思える。
その勝貞は藩主になったとき30歳。鞆の浦生まれとあってか、文化的素養も高かく、藩主着任ごろは何か殖産興業のため、ベンチャー起業を考える適齢期にあった。当時の磁器は現在で言えばセラミックのような新技術。セラミックにかけた京セラが巨大産業を担ったように、異国伝来の新技術「磁器」の可能性に勝貞はかけたのではないか。
では、どこで磁器と出会ったのだろうか。勝貞は祖父水野勝成、父水野勝俊とともに、親子3代がそろって1638年の島原の乱に出兵している。島原の乱を収めた陣営の多くは九州の大名だが、唯一、九州以外から出兵したのが福山藩の水野家。参じた軍勢の中で最大は佐賀藩の鍋島勝茂で兵力3万5千。福山藩も5千6百を注いでいる。
鍋島家と水野家の情報交換が密に行われたことは間違いなく、既にベンチャーとして磁器の生産を始めていた佐賀藩に水野家3代のトップは興味津々だったに違いない。
また水野勝俊と言えば天下無敵の二刃流で知られる宮本武蔵。父勝成と懇意だった武蔵は大坂の役で勝重(後に勝俊に改名)付けとして出陣した間柄だった。その武蔵も福岡黒田藩から島原の乱に出兵しており、島原の乱では水野、鍋島両家と宮本武蔵が「これからの藩運営」と題して懇親会をもったやも知れぬ。
いずれにせよ、当時は高度な最新技術だった磁器生産の日本発祥の地からほど近い島原に水野家3代が1638年に集っていた。華麗なる一族の交流には贈り物が付き物。珍しい色絵磁器は高級調度品としてもてはやされたに違いなく、一流ブランドになり始めていた磁器は戦に集った大名をもてなす宴でも使われ、新しい技術を取り入れた殖産興業の成功例として語られたに違いない。
島原の乱で戦功を挙げ、磁器生産の先進地視察もできた水野家。そして落ち着き始めた世情。1655年勝貞が3代藩主に着任するといよいよベンチャー育成の期は熟し、磁器の生産地となるべく準備に取り掛かったのではなかろうか。陶工の手配もさることながら、何より難しかったのは原料(石粉)の探索。1651年、死の間際に初代藩主勝成は夢を見た。中国地方をさまよい、現在の姫谷焼窯跡の近くで捜し求めた原料(石粉)と出会う。遺言のように磁器生産を命じ、息を引き取ったのかも知れない。
■姫谷焼は福山の誇り
姫谷焼の伝世品は窯跡から出土した破片の図柄との一致によって正に姫谷焼と裏付けられた。鈴木主任学芸員の話では作品として確認できるのは100点から150点とのこと。枝ごと摘み取った花を載せているように見える地の白を生かした絵柄が特長。「幻」の姫谷焼としてコレクターの間でも高く評価されている。
福山藩と姫谷焼の関係を裏付ける記録は見つかっていないが、姫谷焼が途絶えたとされる1680年から20年ほど後となる1698年、福山藩5代藩主水野勝岑がわずか数え2歳で夭逝したことから福山藩主としての水野家も断絶している。
姫谷焼は美術工芸品としても美しく、福山の歴史を思わせる文化財としても一級の輝きを放っている。福山市の誇りとして市民の食卓で話題に登ることが望まれている。
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都市環境研究所の住宅団地「サンタウン駅家」分譲開始
宅地開発事業など不動産業の㈱都市環境研究所(福山市)は、同市駅家町上山守の旧ダントータイル福山工場跡地を取得し、大規模な住宅団地の造成工事を進めている。
計画では総区画176区画の宅地「サンタウン駅家」を造成する。
同団地を2街区に分け、7月末にA街区106区画を完成、B街区70区画は10月末完成を目指して造成工事は順調に進んでおり、すでに同所の一角には「サンタウン駅家販売センター」を開設して分譲を始めている。
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チャイサロン・ドラゴンが「尾道チャイダー」発売
チャイサロン・ドラゴン(尾道市)は5月1日、ご当地ドリンクとして売り出し中のお茶味のサイダー「尾道チャイダー」ボトル版を発売する。
「こどもびいる」でヒットを飛ばす㈱友桝飲料(佐賀県)へ生産を試験的に委託した。ボトル版は国産緑茶の抽出原液とサイダーのブレンドでそのまま飲める。95ml入りで1本390円、3本セット1390円。
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尾大卒 藤井さんが「eおのみち屋」起業
尾道大学を今春卒業した藤井優希さんらが起業し、販促支援などで尾道を活性化させようと「eおのみち屋」(尾道市)として事業をスタートさせた。第一弾として5月1日から31日までの1カ月間、東京都墨田区向島の商店街内のチャレンジショップで尾道をPRする展示会を行う。
藤井代表は倉敷出身。作家で尾道大学芸術文化学部准教授の光原百合さんの作品に触発され尾大に入学後、光原研究室で学びつつ、今春の卒業まで市内のまちづくりイベントやアート企画に数多く携わった。その中で販促支援や物販など尾道の魅力発信を事業化する構想を練り、同級生で広報担当の小原紗智さんと起業、東京での展示会が初の事業となる。
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特産品ショップ「尾道小路」開店
文具製造販売、雑貨輸入販売などのユナイテッドビーズ㈱(福山市)は4月25日、尾道商店街に地元や県内の特産品などを厳選したショップ「尾道小路」(おのみちこみち)(尾道市)を開店した。
約66平方mの古民家調ショップで、行列のできるラーメン店・朱華園向いの好立地。国産帆布を備後の技術で縫製した同社オリジナル文具のほか、尾道、福山市の銘菓、尾道ラーメン、熊野の化粧筆など主に備後、県内の特産をセレクト。蒸し饅頭も販売する。
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(株)ホーミイダイニングが福山にワールドビュッフェ計画
食材宅配の(株)ヨシケイ福山を中核とするHOMEYグループの一社(株)ホーミイダイニング(福山市)は6月末か7月初旬に「神戸クック ワールドビュッフェ福山蔵王店(仮称)」を出店する。
場所は福山市南蔵王町6丁目。「ワールドビュッフェ」は今年3月に出店した倉敷堀南店(倉敷市)でスタートした同社新事業。今後、多店舗化とフランチャイズ展開を計画する。
オープンした「神戸クック ワールドビュッフェ倉敷堀南店」は客席266席を備え、年中無休で営業。イタリア、ベトナム、メキシコ、タイなど世界各国の料理八十種以上が並ぶバイキング形式の郊外型飲食店舗。
「ワールドビュッフェ」は神戸で発祥。(株)ホーミイダイニングは岡山、広島、鳥取、島根の四県で展開する地域本部の契約をしている。
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